【最終弟8話】
(弟5号機)
特許出願済みベルトコンベア式汚泥乾燥機。
本年度2月に出荷し即座に現地で組立そして据付された。
そして本稼動。
我が九州は福岡、博多の町工場で試運転は十二分に行った。
それはようやく成功した5号機で何度も塗装汚泥をコンベア式乾燥機に投入し、乾燥させた。
何度も汚泥乾燥機で試運転は行われたのだ。
しかし、やはり現地は我が町工場とは違う。
我が社からは今現在の東京出張所のメンバーのみが現地へ足を運び活動していた。
現地では地元の業者にお願いし据付そして電気、配管工事と行っていただいた。
ところがだ。実際現地で我が社の汚泥乾燥機を実際稼動させてみると色々とトラブルが
起きた。
それはもちろん誰しもが予測できない内容だった。
その理由の一つに当初計画していた処理量よりかなり多めも塗装汚泥がコンベア式乾燥機に投入される。
それは予定していない処理量だった。
しかし、何とか処理し乾燥させねばならない。
エンドユーザーの方々にも手を貸して頂き、現地の我がメンバーと懸命の努力をしていた。
その対応については何度も我が社に連絡が入る。
当然、相談しながら事を進めて行く。
しかし、その技術者一人では到底手に負えない状況になる。
その時期。我が町工場は大きな短物件をこなさねばならず一人として職人を
欠くことができない状況だった。
一人でも欠けるとかけると果たして納期に間に合うかどうか。
とても厳しい状況であった。
しかしだ。現地からは何度も連絡が入る。
そして一刻の猶予もない。
そのためとうとう我が町工場よりベテラン職人を一人派遣する事になった。
そのベテラン職人は現地で存分に力を発揮する事になったのだ。
しかし、残された職人のより一層の頑張りで納期は間に合うのだが。
その職人は一旦福岡に戻ってきたのだが、もう一度現地へ旅たつ。
そして結局は現地での滞在はかなりの期間に渡った。
日曜日もなしで技術者と共に力を尽くしていたのだ。
どれくらい頑張っただろうか。
3月に既に入っていただろうか。
ようやく引き上げることに。
しかし結局2月には検収は上がらなかった。
つまり2月末の時点ではエンドユーザーの方は到底受け取れないという事だ。
実はこの連絡を受けた際非常なる落胆を覚えたのを思い出す。
2月で検収あがらないのであれば入金が1ケ月遅れることになる。
この2月にも運送代など結構、出費があった。
支払いを再度見直さねばならない。
実は少々期待していたのだ。
しかし、我が社は再度銀行より助けられる。
そして銀行からは多目の金額の提示さえあった。
このエンドユーザーのお客様。
とても素晴らしいお客様だ。
とても対応が優しく大変丁寧に対応していただく。
結局2月には検収は上がらなかったが、3月にはきちんと検収をあげていただいた。
本来であれば3月も検収は上がる状況ではなかった。
そして3月には私も実際現地へ足を運びこのベルトコンベア式汚泥乾燥機の乾燥している
状況をつぶさに確認させて頂いた。
手直しの部分はあった。
そしてその対応は結局4月に入ってしまうのだが。
しかし、お客様のご好意により無事3月には検収をあげていただくことに。
検収が上がるまでの期間は一体どれほど日時がたったであろう。
実際我が町工場がこの汚泥乾燥機を製作初めてどれだけの日時を要したであろうか。
実際お客様の工場で稼動しているのは5号機。
4号機まで全て失敗。
成功した5号機も現地では即座にはうまく稼動せず手直しを続ける。
しかしようやくお客様から検収の了解を頂く事に。
この検収をどれだけ待ち望んでいただろうか。
この検収をあげていただく為にどれだけ我が町工場そしてこのコンベア式汚泥乾燥機に
携わった人たちが待ち望んでいただろうか。
この汚泥乾燥機の為に我が町工場が始動したのが去年2005年の8月中旬。
そしてようやく検収が上がったのが今年2006年3月。
それまでに何と7ケ月半の月日を要した事になる。
この検収という言葉を聞いた瞬間。
私は我が町工場はまだ生き残れる。
我が町工場の我らが職人が路頭に迷う事はなくなった。
安堵感。安心感。そして安らぎを存分にいただいのだ。
しかし、検収が上がった3月以降も我が町工場のこの5号機目のベルトコンベア式
汚泥乾燥機の手直しは続いた。
4月には我が町工場の職人を何名か派遣しそしてその派遣は長きに渡った。
もちろん現在の東京出張所のメンバーも一緒だ。
その後も続く。
正直に、事実を書く。
実のところ全ての手直しが終わったのが先週の土曜日。5月20日。
この手直しは我が町工場での製作しなくてはいけないものがあった。
そして市販品の部品も必要であった。
何とこの市販品についてはお客様に全て購入していただく。
我が社は購入すべき金額が高い部品は購入の必要がなかった。
有難う御座いました。
製作終了後試運転を行い現地へと送る。
そして5月20日に取り付けとなったのだ。
この日はお客様にもかなり手助けいただいている。
我が社からは東京のメンバーのみは派遣したのだが。
これによりいつの間にか我が町工場で開発しそして成功したコンベア式汚泥乾燥機は
完全に設置した事になろう。
ようやく5号機目で成功し設置した汚泥乾燥機は今現在は順調に稼動しているはずだ。
無事お金も我が社へ入り、本当の安堵感に包まれている今現在の自分がここにいる。
回収金額については全くエンドユーザのお客様には係わりないことだ。
それにここで書く必要はない。
いづれにせよ昨年8月中旬から始動し初め、手直しまで終了した5月20日までに
要した期間。
何と9ケ月半ということになる。
この期間を何と判断するか。
確かに我が町工場はこの世にない製品を果敢につくってきた。
もちろんこれからもつくるつもりだ。
それには失敗がある。
そして実際現地で稼動した後の手直しも確かにある。
この世にない製品の製作だ。
成功し実際順調に稼動するまである程度期間を要する事は多い。
しかし、これほど現地での順調稼動に至るまで期間を要したのは、我が社の創業以来
初めてだ。(我が社創業者である我が頑固親父の発言)
そして、こんな事ばかり続けていると当然会社は傾くであろう。
これでようやく特許出願済みベルトコンベア式汚泥乾燥機はこの世にある製品へと
変貌を遂げたのである。
下記写真は現地での設置作業の様子です。
これらは何とエンドユーザーの方に頂きました。
このコンベア式乾燥機は既存のベルトコンベアと置き換えるだけで使用可能です。
決して場所を取らずそして火気を使用せず安全です。
それに安価です。
処理量が少なければ蒸気のみの加熱で乾燥できる可能性もあります。
写真には(新) 我が社の製作コンベア式乾燥機、そして(旧) 解体されたベルトコンベアも
写っています。
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今回でこの特許出願済みベルトコンベア式汚泥乾燥機の連載は終了したいと思います。
今内容についてのご質問等あればお気軽にお声をお掛け下さい。
それに私が書き損ねたあるいは書き忘れの部分があれば次回以降に再び
記事にする可能性はなきにしもあらずです。
しかしながら今回でこのコンベア式乾燥機の連載は第8話ではありますが
一区切りをつけるべきでしょう。
ここまで続けて読まれたのならば大変感謝するとともに有難う言う言葉を
送らせて頂きます。
本当に有難う御座いました。感謝です。
弊社ブログ「もう悩みません。コンベア、産業機械」2006年5月22日掲載。
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